松坂大輔引退! ボストンレッドソックス時代を振り返って【2007年~2012年の6年間】

レッドソックス
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7月7日に、西武ライオンズの松坂大輔投手が引退を発表しました。平成の怪物と言われた方もユニフォームを脱ぐことになりましたね。まあ、西武ライオンズに再度、入ったものの公式戦には1度も登板がなかったので、致し方ないですね。お疲れ様ですね。

1ファンとして、松坂大輔投手のレッドソックス時代を少し振り返ってみたいと思います。

2006年オフに、所属していた西武ライオンズからポスティングの行使が認められ、入札の結果、ボストンレッドソックスが独占交渉権を獲得し、期限ぎりぎりまで揉めましたが、結局、5,200万ドルの6年契約で契約を結びました。ポスティングの金額は5,111万1,111ドル11セントなので、合計10,300万ドルとなり、日本円で概算120億円のビック契約でしたね。 ポスティングの金額凄すぎ!

2007年、4月5日のロイヤルズ戦でメジャー初先発し、7回を6安打1失点10奪三振の好投でメジャー初勝利。その後も順調に勝ち星を積み上げ、7月3日のタンパベイ・デビルレイズ戦で10勝目に到達。前半戦は18試合の先発で10勝6敗、防御率3.84、WHIP1.24の成績で折り返し。8月4日のシアトル・マリナーズ戦でNPB/MLB通算1500奪三振を達成。シーズン最後の登板となった9月28日のツインズ戦で日本人選手史上初であり、メジャー史上5人目となるメジャー1年目での15勝と200奪三振に到達し、レッドソックスもチームも12年ぶりの地区優勝!トータル15勝12敗。アメリカンリーグのディビジョン、インディアンスとのリーグチャンピオンシップシリーズも勝ち上がり、ワールドシリーズに進出!コロラド・ロッキーズとのワールドシリーズでは、第3戦で日本人史上初となるワールドシリーズでの先発を果たし、5回1/3を2失点に抑え、日本人初のワールドシリーズ勝利投手となりました。レッドソックスは、2004年以来となるワールドチャンピオンとなり、私も歓喜しました。岡島投手も貢献大でしたね。ただ、どちらかというと細かなコントロールというより球の球威やキレで勝負するタイプですので、与四球率はリーグワースト6位、1試合の平均球数はメジャー最多の108.8球。防御率は4.40。う~む・・・。球数が多かったので、レッドソックスファンからすると、もう少し四死球を減らしイニングを多く投げて欲しかったのが正直が印象でしょうね。

2008年は、東京ドームで行われた3月25日のアスレチックスとの日本開幕戦に登板し、5回を2安打2失点6奪三振5四球の投球で降板し勝敗はつかなかったがチームは勝利。5月まで開幕8連勝。その後、右肩の張りを訴え一時故障者リスト入りしたものの、6月21日に復帰し、前半戦は10勝1敗で折り返し。結局、18勝3敗でシーズンを終了。レッドソックスは、2年連続プレーオフに進出しましたが、レイズとのリーグチャンピオンシリーズで敗れたものの、松坂投手としては、メジャーで最高成績を上げたシーズンでした。与四球率5.05はリーグワーストでしたが、被打率はリーグ1位の.211。ただ、投球回数は167回であり、200回までには届かず、クオリティ・スタート率が48%だったこともあり、打線の援護に恵まれた部分もあり、レッドソックスファンからすると、18勝の勝ち星ほどの評価ではなかったようです。ただ、防御率は2.90ですし、個人的には18も勝ったんだからもっと評価してあげてとは思っていますが・・・。

2009年の開幕前には、3月に開催された第2回WBCに選出され、松坂投手はエースとして、3勝を挙げ大活躍!日本チームは決勝戦で韓国を破って優勝を決め、最多勝の松坂投手が2大会連続で最優秀選手に選ばれました。この時には、日本中が大フィーバーでしたね。😊😊😊 ただ、シーズンが始まると、不振となり、途中、右肩の疲労を理由に故障者リスト入りするなど、パットせず、結局、4勝6敗、防御率5.76でシーズン終了。レッドソックスも何とかプレーオフには進出したものの、エンジェルスとのディビジョンシリーズで敗退してしまいました。シーズン終了後の記者会見で、WBCの前から股関節を痛めていた。と発言して、当時のGMのエプスタインに直接謝罪しました。この時点で発言したということは、レッドソックスの監督はじめスタッフには怪我していた事実を隠しながら投げていたのでしょうね・・・。松坂投手としては、通常のシーズンよりWBCがあるシーズンなので早めに身体を仕上げていく必要があり、日本中の期待を一身に担っている存在であることから、無理に無理を重ねたのでしょうね。WBCは本当にありがとうございましたでしたが、その後のシーズンが全然ダメだったので、とても残念なシーズンでした。せめて、WBC終了後、レッドソックスに正直に怪我の事を報告していれば、もうちょっと違う感じになったような気がしますが・・・残念!!!

2010年、開幕は故障者リストで迎え、5月1日には、復帰したものの、波が激しい感じ。6月7日のインディアンス戦では、NPB/MLB通算150勝を達成したものの、6月には再度、故障者リスト入り。まさかこの時点では、200勝まで到達できないとは、ご本人含め日本人ファンは誰一人思っていなかったでしょうね。結局シーズンは、9勝6敗。本当に残念なシーズンでした。

2011年、4月18日のブルージェイズ戦でシーズン初勝利を挙げたものの、」4月末あたりから右肘に張りが出たため、5月に入ると、故障者リスト入り。結局、6月10日にトミージョン手術を受けてシーズン終了。

2012年、手術翌年。レッドソックスと契約最終年度。6月9日のナショナル戦でメジャー復帰したものわずか1勝のみ。結局、1勝7敗・・・防御率は悪夢の8.28。シーズン終了後、FAとなり、レッドソックスを去りました。

総括

1年目は防御率が4.4とあまり良くなかったものの、シーズン15勝と200イニングを投げていることやレッドソックスのワールドチャンピオンに貢献して頂き◎。2年目はメジャー最高の18勝を挙げ、防御率も2.90と3点を切っていることは合格点。ただし、四死球は多く、イニング数も200イニングまで届かなかったので、打線の援護による影響も大きかったと思われますが◎でしょう。3年目は、WBCがあった年であり、日本人ファンからするとWBCは◎◎◎でしたが、シーズンの結果は▼。ただし、WBCの影響大だったと考えられますので全体的には〇でしょうか。2010年は▼。その後は、トミー・ジョン手術を受けたので仕方ないと思われます。正直、毎年平均15勝くらいの成績は挙げて欲しかったですが、やはりWBCの影響がその後の、松坂投手の選手人生に暗い影を落とした印象です。

日本に帰る前には、ニューヨークメッツで投げていた時には、復活してきそうな雰囲気がある時期もあったので、もう少しメジャーリーグで長く活躍して欲しかったです。ただ、横浜高校からずっとかなり投げ続けてきたので、金属疲労があったと思いますし、メジャーリーグのしかも大ファンであるレッドソックスで投げて頂いたのは、本当に良かったと思います。

レッドソックス時代の松坂Tシャツはうちにしまっておきます。

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